環境・建築の色域


暖色・低彩度域に集中する色域

環境・建築領域で使用される色彩の多くは低彩度域、それも暖色系の低彩度域に集中しています。

データによっても、日本建築の外装色には、YRY系の中・高明度、低彩度範囲に偏った分布が見られると言われますが、このような色の傾向は、日本人がその長い生活を通じて培い、慣れ親しんできたものでもあります。

私たちの生活環境の主体である建築物の色彩は、私たちが違和感を持つことがないような色彩でなければなりません。そのため建築物の色彩は、個々の存在を誇示することなく環境と調和する色彩であることが望まれます。そして調和するべき環境の色彩となれば、当然、私たちの身の回りを彩ってきた自然の色が挙がってくることになるでしょう。

建築分野の色域の中心であるYRY系の低彩度域は、まさしく日本の自然界の基調色であり、石や土や砂や木の樹皮の色彩範囲と一致しています。

10YR

環境色彩分野の第一人者である吉田慎悟氏によれば、土や砂,樹木の幹など、自然景観の中で大きな面積を占める色彩は、右図にあるように、10YRを中心とした色相の範囲にまとまっていて、これらの色彩は穏やかで落ち着いた印象を持ち、永く接していても飽きの来ない、普遍性を持つ色彩と説明されています。

さらに吉田氏は、自然景観の中では穏やかな10YR系の色彩が基調であることで、四季折々に変化を見せる樹木の緑や草花の彩度の高い鮮やかな色彩を、より引き立たせることができると説明されています。

 

地域になじむ色と新しい表情を生み出す色

様々な色彩が溢れる街を美的で快適な環境とするためには、景観を構成する全ての要素の色彩関係を整える必要があります。そしてその基本になるのは、各々の地域において長い時を通じて形成されてきた個性ある景観資源です。

最近の環境色彩計画では、地域には地域独自の美しさや色があるとするコンセプトの基、各々の地域における景観を保ち、育みながら、地域で長年使われてきた色彩を尊重し、地域の色彩に馴染み、調和する色の使用を推奨しています。


これからの建築物の色彩計画では、自然界の基調となる10YR中心の低彩度色調のように、地域の慣例色を活かしてまとまりのある景観を育てる動きを基本にしながら、その一方で、これまでにない新しい色材を使用することで、四季折々の変化を見せる草花や紅葉に当たるような、新しい建築の表情をつくり出す動きも取り入れられて行くと思われます。

 

色彩ガイドラインに見る寒色系の彩度調節

現在、景観色彩のコントロールには、客観的な運用を求めてマンセル値による色彩基準が使用されるようになりました。実際の色彩基準の設定では、住宅地や商業地といった景観の在り様による色域の違いが求められる場合があります。

一般的に、地域の基調色には暖色系の低彩度域が振り当てられる一方で、活気や変化を演出できるようにアクセントカラーの使用も許されています。

このアクセントカラーを用いる場合、暖色系であるRYRY系の色相では彩度56と言った中彩度域までの色彩の使用が許されますが、GBP系などの寒色系の色彩では、通常彩度3を上限とするようなケースが多くなります。

これは、前述してきたように、私たちの色彩環境を形成する中心色が暖色系の低彩度域であることから、寒色系のアクセントカラーを導入する場合は、過度な存在感や突出した印象を避けるために彩度コントラストを控えめにしようとする動きに他なりません。


YRシート

お花見や工事現場などですっかり見慣れたブルーシート。このブルーシートは、1965年頃から、(重金属汚染の風評被害によって?)オレンジシートに代わって、コストと海や空との調和、爽やかなイメージなどを求めて日常化したと言われます。(ただ、このブルーシートの普及は、1957年に積水化学が発売したブルーのポリエチレンバケツに端を発したと思われる、プラスチック=ブルーの色彩感覚が日本人に浸透する動きに連動したものあったのではないかとも思えます)

この「ブルーシートは青いもの・・・」とする常識に対して、カラーコンサルタント企業であるカラープランニングセンター(CPC)は、シートメーカー日本マタイ㈱の協力を得て、景観に調和する落ち着いた色彩のシートを開発しました。

近年の「景観に対する配慮」という意識の高まりを背景にして、周辺環境に対して穏やかに調和する『YRシート』の普及が期待されます。

http://www.colorplanning.net/l-yrsheet.html

 

   ●地面と違和感のないYRシートによるお花見

 



パリのシックな街並みに溶け込むエッフェル塔 

CBNカラー・ライブラリー」で紹介しているエッフェル塔は、おそらく世界で最も有名な建築物の一つに挙げられるでしょう。

このエッフェル塔の色彩は、7年ごとに、CBNに参画いただいているLANXESS社の高品質顔料「バイフェロックス®Bayferrox®)」を使用した特別仕様塗料で塗り替えられています。

エッフェル塔の色彩は、以前から現在のような外観を呈していたわけではなく、19871988年の建設開始時には、鮮やかな「ベネチアンレッド」でしたが、1889年の開設時には、「Brun-rouge(赤茶色)」に変更されたそうです。以降、1892年に「Ocre-brun(黄土色と茶色の中間)」に、1899年には黄色がかったオレンジ色による5段階のグラデーションが使用され、この年から7年毎の塗り替えが決まりました。1907年から「Jaune-brun(黃茶色)」、1954年に「Rouge-brun(赤茶色)」と続きます。

さらに、1968年に塗り替えられた「Brun Tour Eiffel(エッフェル塔ブラウン:7.5YR 5/3)」は、2020年に至るまで世界中から観光客を引き寄せてきました。私たちの知るエッフェル塔の色は、この7.5YR 5/3の色であり、まさしく暖色系低彩度色に他なりません。

そして今年20212月、2024年のパリ五輪に向けて、1907年から半世紀ほど続いた「Jaune-brun(黃茶色)」への塗り替えがスタートしました。

少し金色に近いとされる「Jaune-brun(黃茶色)」ですが、去年までの「Brun Tour Eiffel」と変わらずに、シックなパリの街並みや建物に調和する色彩であり続けることでしょう。