●色を”視る”
私が1975年から合繊メーカーで、色に関わる仕事をスタートしたことは「カラリストの系譜」で述べましたが、仕事の初日に、当時の課長で業界でも色彩の権威と言われていた松田豊さんからプレゼントをいただきました。
そのプレゼントとは、10倍の円筒形のルーペで、底部のガラスにスケールが刻まれている、スケールルーペと呼ばれるものです。この時、松田さんに、「テキスタイルの色を視るには、繊維の色を視ることだ」と教えられました。
布地が織物の場合、経の糸と横の糸で織られています。そしてこれらの糸は、通常数十本の繊維(フィラメント)を撚ることで糸になっています。松田さんの指導は、染色の色を視るには、ルーペを利用して、組織でも糸でもなく、染色された細い繊維の色を確認しなさいということでした。(もちろん10倍のルーペでは一本一本の繊維までは見えませんが、糸は繊維の集合体として確認できました)
その後、合繊メーカーでの仕事を通じて、ナイロンやポリエステルといった繊維原料の違い、フィラメントと短繊維の糸の違い、糸を構成する繊維の太さや数、断面形状、表面加工の違いなどによる発色の変化を、さらには繊維間空間や、織編組織の違いなどによる染色の見えの変化などを学ぶことで、”色を視る”ことの大切さを身につけることができました。(下記画像の出所は、『P’s file ポリエステルは生きている』日本ポリエステルF委員会(JPFC)1994年発行)
プレゼントされたルーペが、以後の私の仕事に欠かせないツールになったことは言うまでもありません。
●服飾の色
松田さんからの最初の指示は、課内にストックされていた色出し(色指示)のための刺しゅう糸と毛糸の小さい束(メーカーはAnchorとDMC)約800色を色相・明度で並べるという、作業と言うより訓練を意味するものでした。
会議室のテーブル上ですべての色を並べ終わるのに、初日にはかなりかかっていた作業時間が、3日目になると、どのような色があるかを覚えだしていて、驚くほど早く作業を進められるようになりました。
3日目の作業を終えた時点で、松田さんに教えていただいたのは「服飾の色」でした。
大学で習った色彩学の全方位的なカラーシステムとは異なって、PINK、BROWN、OLIVEという独立した色相(?)、色域があることや、ベーシックカラーと呼ばれる頻繁に使われる色域があることが、並べた刺しゅう糸の分布や密度によって、手に取るように把握できました。
その後も、上司の松田さんからは、ファッションやテキスタイルの色彩に関わる直接的なノウハウもありましたが、むしろ“見方”や“考え方”と言った色彩に対する姿勢に関わることを教えていただきました。
その後の私の業務を導いてくれたのは、これらの上司からの贈り物だったのですが、申し訳ないことに、私はこれらの贈り物をどうも次の時代の人々に伝えそこなってしまったようです。
カラー&ファッションアナリスト 山内 誠